たあるあの自己紹介文

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たあるあ(@taaaarua

 

1990年2月2日生まれ。

長野県生まれの長野県育ち。純血の長野人。

現在、己をcynicalist(シニカリスト=皮肉屋)と称して毒ブログを運営。

世の中に対しての気に入らない話からしょーもない話まで、いろいろ書いて世の中を皮肉って生きている。

また、靴が好きだったので個人で革靴屋も運営中。

地味に地道にやっている。

 

・幼少期~小学生

近所ではガキどもにそこそこ慕われるガキ大将ポジションだった。

が、ジャイアンのようなパワーは皆無。実は一人や少人数で遊ぶのが好きな陰キャラ。

ドッヂボールやサッカーなどのパワー系スポーツは下手だったので大嫌いだった。

給食のブロッコリーも大嫌い。

故にスクールカーストで下のランクに置かれていた。

・中学生

中学でも相変わらず陰キャラ。

しかもこの頃からインターネットにハマっていたので「オタク」扱いされるように。

 

小学校、中学校の行事である運動会や音楽会、クラスマッチなどはつまらない上に参加を強制されることばかり。なのでとにかく大っ嫌いだった。

やりたくないことを古代エジプト奴隷のように嫌々強制されていたせいか、だんだん性格がひねくれるようになる。

・高校生

中学に比べて自由すぎて自分の在り方に戸惑い、クラスに馴染めない。

で、高校受験時のストレスも尾を引いたせいか、ついにダウン。

 

人生初の引きこもりと不登校と精神安定剤を贅沢にも一気に経験する。

ジプレキサという強力な安定剤をキメて、日中はヴァンパイアの如く死んだように眠ったり引きこもったりキングダムハーツ2のプラウドモード(難しいやつ)に挑戦したりする日々だった。

どうしてもセフィロスに勝てなかった。

 

心は病んでるし不登校だしセフィロスには勝てないしでこのままではまずいと感じ、生き延びるために仕方なくハードルを下げることを泣く泣く決意。

ってことで通信転校に転校。

なんとか高卒者になろうともがく。

 

しかしその通信高校はイモトアヤコもびっくりするほどの珍獣の楽園だった。

私服高校なのに中学の学ランを着たゴリラ、ホストの格好をしたおっさん、真冬に沖縄で買った「海人(うみんちゅ)」Tシャツを着たカエルみたいなおっさんなど、

普通に生きていたら一生のうちに遭遇できるのかどうかわからないレベルの珍獣たちが、そこにはいた。

 

入る高校を間違えたんじゃねえか?

 

とそれはそれはもう全力で後悔したが、乗った船は降りられないのが人生ってもんで。

 

なんだかんだ、彼ら珍獣と協力し合って珍獣高校を無事卒業。

 

・大学生

珍獣らとの戦闘を終えたら次は大学に進学。

舞台は県外の愛知県。

普通に友人に恵まれるも、ホームシック、当時付き合っていた遠距離の彼女の存在が気になる、単純に大学の勉強に飽きた、、など、聞いただけで糖尿病になるんじゃねえかってくらいクソ甘い理由で中退する。

 

・フリーター

その後、なぜか「次は美容師になろう!」と思い、美容学校の学費を貯めるためにイオンの靴屋にアルバイトとして参戦。

地元のイオンの客は非常に質が悪く、その数も尋常じゃない。

桶狭間の戦いの今川軍が如く大量に攻めてくる客をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、戦った。

 

この靴屋にて1年ちょっとの労働をし、美容学校で必要な学費をなんとか確保できた。

なので職場の仲間からは進学を祝福されつつも、若干逃げるように辞めた。(ほんとに客がひどかった。)

・美容学生

靴屋での鬼畜奴隷労働で経た資金さ握って美容学校の中でも厳しいと有名?な地元の美容学校の門を叩く。

噂通り、教え方がけっこう厳しかった。

 

当時、「真面目こそ正義」であった僕は技術や勉強などは真面目にコツコツやることが正しいと思い込んでいた。

しかし、真面目にやっても僕の美容技術は下から数えた方が早いくらいヘタクソ。

あまりのそのヘタさに全米が泣くレベル。

 

そしてある日、技術が上手くて校内で楽しそうに活躍してるのは遊び上手なチャラチャラ君ばかりだったことに気づいた。

そう、何事もおふざけや遊び心無くして上達することはあり得ない!とそこで悟った。

真面目であることは損だ、と。

そのことに気づいたのが卒業寸前の美容師国家試験直前。

僕の中で何かが崩壊したのか、「教えが厳しい!と地元で有名な美容学校」の校内で人目なんざ気にせずミニ四駆遊びをしたりゴム鉄砲飛ばしたりして遊びだす。

 

また、国家試験前日は最終練習や復習など一切せず、居酒屋で酒飲んでふざけてたりしてぐーたら。

 

そして今だから言えるが、試験当日は朝から養命酒一気飲みして酔っ払って試験会場に突入。

酔っぱちゃんの状態で国家試験を受けるという悪質かつやたら地味な非行を行う。

 

結果、見事に課題はクリア。

そして無事卒業。

 

最終的に国家試験も合格した。

合格はしたのだが…

・美容師

僕には学生時代から面倒見てくれた美容室があったので、そのままストレートに就職・入社できた。

そのサロンは東京の有名店出身のオーナーが開いたお店なので技術も高レベル。おまけに接客サービスも高レベル。

 

カット料金も6000円を超える。

 

ポケモンのレアアイテムである「金の玉」を一個売ったとしてもこの店でカットは

できない。。

 

と、わかる人にしかわからないネタを言いたくなるくらいに、たかがカットだけとはいえ料金がとってもエグい。

お客さんも「ここは松本市1番のヘアサロンだ!」と過剰なほどに評価するほど。

「こんなすげえ店で一人前になれれば安定カリスマ美容師街道まっしぐらじゃえねえか?」

と調子づいて思った。

 

思っていた。

 

しかし、入社したとたんに始まった。

 

「厳しい教育」。

 

別名「新人いびり」

 

しつこい陰口、人権侵害レベルの嫌味、、

挙句の果てには「国家試験落ちればいい」など、

 

てめえ、美容師の先輩としてそれは言っちゃいけねえんじゃねえの?

 

ってことまでボロクソ言われる。(国家試験の合否がわかるのはまだ先でわからなかった。合否を知るよりも入社の方が先になったため。)

 

 

こうして僕は散々と嫌味や悪口を叩かれて自尊心をぐちゃぐちゃにされた。

ウォーキングデッドシーズン7のグレン並みにぐちゃぐちゃだ。

 

結果、僕はこの高級サロンを去った。

 

その勤務日数…わずか5日。

「松本市ナンバーワンの高級サロン」

をたった5日で辞めてやった。

 

客からしたら最高サロンでも働いた僕からしたら最低サロンだ。

この店はそれから未だ(2018年9月現在)に入った若手が育たず、スタイリストになるまえに辞めていくそうです。

 

後に続いていく若い技術者を生み出せないクソサロン。

 

実施している「厳しい教育」がさぞかし功を奏しているのだろう。

 

クソサロンまじざまあww

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・靴屋

クソサロンから逃亡後、新しい就職先の美容室を探すための時間稼ぎとして靴屋にパートとして入社する。

美容学校に入学するまえにやっていたイオンの靴屋とは別の靴屋だ。

そこはイオンの靴屋のようなゴミ置き場とは違い、レッドウイングやダナーなどの良い靴も扱っていたため、靴好きだった僕はフンフン興奮した。

この靴屋にしばらく身を置きながら新たな就職先の美容室を探そう。ついでに靴の勉強もしよう。

と思い、のんびりとした時間を過ごしていた。

 

しかしこの靴屋にも悪魔がたくさんいた。

 

嫌味をしつこく言ってくるしか能のない仕事できないハゲ店長。

女の尻を追っかけてばかりで仕事しないポンコツ社員。

そのポンコツ社員を始め、片っ端から男をひっかけて回っていた婚活必死アバズレパート女。

挨拶ができない、顔も性格も「木」みたいなマネージャー

などなど。

尊敬できる人たちだ!

とはお世辞にも言えないくらいのクズの集まりだった。(もちろん、尊敬できる人もその分たくさんいたが。)

 

正直な話、僕は上に書いたパートの女といい関係になっていた。

が結局、この女は世間で言うところの「悪い女」であり、長年彼女のいなかった童〇再発野郎の僕はその悪い女の都合のいい男として弄ばれ、まんまと餌食となった。

これらストレスのせいか、「潰瘍性大腸炎」という悪質な病気をも患う。

 

そんなこんなもあり、ありがたいことに

「社員になる気はないか?」

と誘われていたものの、将来性が見えなかったその靴屋を僕は辞めることにした。

 

・なんとなく独立

この時点で美容師に復帰する気力もとっくになくなっていた。

まあ僕には特に養わなきゃいけない人もいないので、

 

じゃあもうしょうがねえな。

自分で好きなように稼ぐか。

 

と思った。

どうせどこに所属しても扱いは同じ。やることも変わらない。

それなら自分でなんかやったほうがいいだろう。。

と。

毎回毎回、しょうもない理由で「辞める」という行為を繰り返していたので感覚がどっかぶっ壊れてしまったんだと思う。

悪戦苦闘しつつも家族や友人に迷惑かけないように活動し、適当にブログで好きなこと書いたり、適当に物販をやったりしていたらなんとなく覚悟ができてきて、生活もまあまあ回るようになった。

 

で、現在に至ります。

 

 

・今後の活動

 

これだけ「挫折」や「辞める」を繰り返してくるとだんだんとひねくれた性格になります。

ひねくれた性格や視点は通常、マイナスなイメージしか生みませんが、

これをプラスに変えていくことはできないもんか…?

そんな考えからこのブログ「Life is journey.」を作りました。

過酷な生きにくい世の中をぐちゃぐちゃになってでも進み続け、生き延びてきたこれまで・これからの

「自分の人生」

を不安であてもなく、先も読めない、、でも楽しい、、

そんな

「旅」

のようだと皮肉を込めて称して、、

 

などと、中二病なかっこつけた理由をつけて書いてますけど、特にこのブログ名に意味はありません。

 

僕がこのブログを運営することで誰かの役に立てたり、誰かと共感しあえたり、誰かの心を楽にしたり、あわよくば誰かに笑っていただけたら、、なんて思いながら作りました。

 

 

もっと自分のことや意見を好きなように発信しつつ、同じ考えの人たちとつながれたら、、なんて思っています。

世の中はとにかく「違和感」だらけ。

今後ともその「違和感」を自分の目線と表現で皮肉っていきますので何卒、よろしくお願いいたします。